僕は買い物が出来ない

※留学体験記はお休みです。永遠にお休みになるかもしれません。てへぺろっ!


誕生日だ!私の誕生日、すなわちサラダ記念日と公認会計士の日に設定されている7月6日の誕生日だ!っと、騒いで以来大して更新せず、とある女性に12万円の借金を作ったり、年金未納が親にばれて24才にもなって親の涙線を悪い意味でこじ開けるなどのやりたい放題キカン坊生活をエンジョイするばかり。とうとう明けましておめでとうも言わない内に二月も終盤になってきてしまいました。昨年の「一週間に2・3度は更新するぜ!あと近々芦田愛菜ちゃんにフェラチオさせるぜ!最悪福君でもいいぜ!」などの、狂気と欺瞞に満ちた発言は何だったのか。芦田愛菜ちゃんの件に関して言えばハードルが高いというか、塀の高い場所に隔離されそうなので達成しなくて一安心ですけど、ブログぐらい更新してもいいようなもんです。

書こうとした事は確かにあったのです。今で言うなら黒木メイサさん(♀)と赤西仁さん(チンポ)の出来ちゃった婚あたりなんぞは是非とも書いておきたかった。件の疑惑の逃走劇に言及し、出来ちゃった婚の是非であるとか、あの計画性のない妊娠は黒木メイサ(アワビ)がセックスアミーゴであったことを示唆しているいるのではないかとか、地元じゃ負け知らずだった俺だけど今は地元で俺だけ無職とか、最後の方は全く関係が無いのだけど、とにかくそんな事を書きたかった。

自分のブログさえ更新出来ない自分は果たして何が出来るのか。ぶっちゃけトイレでマトモに大小をひり出す事すら怪しいんじゃないのかと、自らのアヌスを見ながら懐疑的な笑いを浮かべる私ですが、まあ大多数の人にとってはそんな事どうでもいいと思うので、勝手に更新したいと思います。


四月から働く事が嫌で嫌で仕方がない最近の私。私が突っ込もうとしている業界は、言葉にして表すと「押忍!当然自分にはチンコあるっす!全盛期は3本あったっす!」みたいな男らしさ満開の業界で、忘年会に呼ばれた際にはラグビーだかアメフトだかフェラチオだかよく分かりませんけど、そう言った体育会系のアメリカンバイソンみたいな殿方が多数鎮座しておられた。背の高い私なぞはその中の益荒男一味に捕まり「君の身長は184センチだって?私の部署には190越えがゴロゴロだ。頑張りたまえ!」などを怒気の混じった笑い声で言われ、何を頑張ったらいいんだろう、牛乳飲んで今から背を伸ばせばいいのかな?と震えるばかりでした。

そんな業界に赴く訳ですからやっぱり気になるのは労働環境。セクハラは多分私が一般職の女の子に行うのでほっと一安心ですが、パワハラの嵐にあったらどうしようと不安で仕方がない。ただでさえ口下手な私。理不尽な振舞いを誰にも訴える事が出来ず、涙を枕で濡らす事だけは避けたいので「団結権争議権・団体交渉権」の労働三権の文字を肩あたりに刺青しようかと画策しておる次第です。

さて働く事は嫌なのですが、そんな我儘は誰も聞いてくれるはずもありません。とにかく社会進出を目前に控えているのです。

社会に出るにあたりブログを更新出来なかった事もそうですが、最近自分には何が出来るのか、どういった事で会社に、ひいては社会に貢献出来るのかという事を最近よく考えます。それも例えば「私は人を笑顔にさせる事が出来ます!」などの、頭にトコロテン工場を併設させている海藻臭い女子大生及び男子大学生が言いそうな事を言っているのではありません。そのような事を、この猛者がひしめく世知辛い世の中で言ってしまったは冷笑されるだけです。女だったら容姿の是非を問わず「しゃぶれ!」っ一喝されるでしょう。

そんな抽象的な事ではなく、具体的な事を私は言っているのです。パソコンが出来るとか語学が出来るとか、そんな具体的な事を私は言っているのです。

私は昔からそうですが、人が当たり前に出来ている事が出来ない事が多い。車の運転にしたってそうです。車の運転なんか誰でも出来るはずです。70過ぎたババアだってバリバリとギアをブッこんでいらっしゃる。しかし私は免許を取って二年が経とうとしているのに未だ運転が無茶苦茶です。中でも駐車が壊滅的に苦手で、走り出したら止まるという事が出来ない。つまるところエンジンをかけ実家の車庫から羽ばたいたは最後、いつその羽を休めるのかがどこの誰にも分からない、究極的に言ってしまえばガソリンが朽ち果てるまで走り続けるというロッケンロールな運転しか出来ないのです。同乗者の精神並びに環境にも優しくない。

この間なんて本屋の駐車場で「ここだ!」っと狙いを定め、般若心経を唱えんが如くの気合いと願いを充満させバックで駐車しようとしたところ、あろうことか予想と全く違う方向に車が動き出し、あわや駐車してあるトラックに衝突しかけました。しかも運が悪い事にトラックの中ではオッサンが休憩しており、その表情がバックミラー越しに般若の形相に変わりやおら外に出ようとしてきた事が分かったので、慌てて本屋を飛び出した程です。本は買えないは嫌な汗はかくは、あのドライブは何だったのだろう。


また私が最も苦手としている事の一つに「買い物」があります。

買い物なんてそこら辺の小学生でも金さえあれば立派にやってのけます。中でも女性の皆さんなんかはホントに買い物が好きですよね。最近ひょんな事から韓国に行ったのですが、あそこは凄いですね。普通海外旅行って言ったら、その国の文化であるとか歴史であるとかを肌で感じ、その体験を人生の肥やしにするみたいなもんだと思うのですが、韓国に来る女性はそんなものは眼中にない。免税店ではジャップ豚女どもが鼻息をまき散らし、化粧品やブランド物を狂ったように買い漁っていました。ついに日本女性の購買意欲は海を越えたか!っと感動したほどです。まあ私も以前タイに意味もなく二週間いた時には、朝からビールをひたすら呷り、それも外で飲むんなら海外旅行に来た意味もあるのでしょうが、素泊まりのボロ屋で缶ビールをまき散らしていたので人の事は何も言えませんけどね。朝から晩までビール飲んでたせいか、日本に帰った時には昼夜関係なく酒が欲しくなって本当に困った。一緒に行った友人も帰国後一カ月は人間として使い物にならなくなっていました。

話がずれました、「買い物」です。

私はどうも買い物が苦手で、コンビニすらも煩わしく感じるほどなんですよ。しかし日用品の買い物ならメンドクサイけれどもまだ出来る。お望みとあらばナプキンとタンポンを山ほど買う事だって出来る。しかし大問題はデパートや百貨店でも買い物なのです。

お前なぞがデパートに行く事自体が間違っているなどのヒトデナシな意見も散見されると思いますが、私とて人生に何度かはそれこそ玉砕覚悟で目を血走らせ、新宿伊勢丹に突っ込む事機会がままある。

私が大学一年生の時です。当時付き合っていた彼女に誕生日プレゼントを渡そうと考えた私は、それとなく彼女の好きなモノを聞き出します。それこそ「何でもやるでやんす」と訪問販売の営業マンばりの姿勢で、それでいて尚且つ不自然ないように聞き出します。すると何でも彼女はチョコレートが好きだそうで、「一度高級なチョコレートを食べてみたいざんす」などというではないですか。「それでは買うでやんす」と私。完全に「やんす化」しつつ、新宿伊勢丹に突っ込みます。

お目当ての高給食品コーナーまで無事たどり着いた私は「いい匂いでやんす」と言いながら下品な笑いを2、3発かました後に、チョコレートゾーンに突っ込みます。

すると何だか様子がおかしいのです。ブランド名は忘れましたが高給そうなチョコレート店の店内には2〜3人の美女が鎮座なされ、私が入ると同時に、にこやかな笑顔で「本日はどのような品をお探しですか?」と私に話しかけるのです。「な、なんでやんすか?」と狼狽する私を尻目に、お姉さんはペラペラと話しかけてきます。それまで私は買い物といったら商品をレジに持って行って金を払えばイイだけだと思っていたのですが、こういったデパートではチョコレートですら店員と気さくに話をし、入念に吟味した後に購入しなければならない状況があるのだという事をこの時初めて知ったのです。

サンダルにアロハシャツという人を舐めた身なりで更に狼狽する私。突如始まったやんす化の呪縛から解かれ、お姉さんとの会話がとにかく苦痛なので「こ、これ下さい!」っと全ての会話をシャットダウンしてチョコレートを購入しました。

チョコレートなどは特殊な例ですけど、服なんかをデパートで買う際には(あまりそう言う機会は無いのだけど)、結構な頻度で店員とのトークが必要になります。店で商品をつついたり、ひねったりしていると店員が早馬の如く駆けつけてきて「お探しの商品は…」っとなる事がよくある。この店員への対応は中学生でも普通に出来るのでしょうけれども、私にはどうもこいつが苦手でしょうがない。別に話す事自体はいいのだけれども「どれにしようかなあ」と悩んでいる横で、お姉さんやお兄さんがニヤニヤ笑って待っているという状況が嫌で嫌で仕方がない。

ですから私がデパートでの買い物が必要になった際には、みだりに店に入るなどという愚行は犯しません。イタズラに周囲を睨めつけながら店外より商品を睨みつけ、これだ!っと思ったら一億玉砕、八紘一宇の精神に、ダメ押し的に若干の下心を加えて突撃していきます。即ち、商品を奪取し、有無を言わさずレジへと突っ込むのです。

ここまで長々と書いてきたように、私はどうにも人が当たり前に出来る事が出来ないのですよ。っで人が出来ない何かが出来るか!っと自身に問いかけるのですけど特に何か出来る事もない。

しかし出来る事が何もないからと言って、ネガティブになってばかりではいられません。ですから私は思うのです。「私にしか出来ない何かを身につける為に、社会に出るのではないか」っと。それが仕事であろうと、社会人で自らが所属するコミュニティでの働きであろうと、何だっていい。私にしか出来ない事などいう大層な事でなくとも、出来る人が少ない事、くらいのものでもいい。とにかく何か出来る事を増やすために、社会に出るのだ!私はそう思い、今燃え盛っているのです。っというかそんな青臭い事でも考えなきゃ働くなんて言う事が自分に出来っこない。


とりあえずブログの更新が出来た事は大きな前進。次はかなり難易度の高い「布団から出る」に挑みたいと思います。

くまそさんの留学雑記③

・あばら家留学
フィジー学生寮は中々のものだった。まず部屋を案内されたが、三畳ほどの空間にベッドが4つ敷き詰められ、天井に扇風機が1つくっつけられているだけだ。とにかく狭い。しかも狭いだけならまだしも、部屋・廊下・キッチン・シャワー室・トイレに至るまでそこらかしこに得体の知れない虫が這いずり回り、巨大なウシガエルは我が物顔で部屋に飛び込んでくる。夜ともなればヤモリは泣き叫び、蚊は這いずり回り、ゴキブリはメイアイカムインを言わずに部屋に押し入ってくる。もし生ものでも部屋に放置しようものなら、アリだらけのベッドで寝る羽目になる。さすが光熱費込みで一泊250円。よく分からないけど、マリーアントアネットを住まわせてみたくなる。「アリが来るならアリクイを飼えばいいじゃない?」っとか言うのであろうか?それはそれで、可愛らしくていいと思う。

しかし心配はいらない。男というのはどういう環境でも基本的に生きていくことが出来る。内臓にまで塗りたくる勢いでミューズを使う潔癖症の男も、毎日こういう環境でムサイ男児達とムサイ生活をしていると、平気で誰が使ったかも分からないコップから水を飲み、意気揚々と他人の大便が発射された直後の便器へ駆け込む事が出来るようになるのだ。そして色々あって「お尻に…あんなものが入るんですね」っとニチャ付いた声で言うようになるのだ。

大体冷静に見てみると我が家といい勝負ではないか。大学時代借りていたアパートでは、時と場合と血糖値によってはこれより何倍も酷い状況になることがあった。いつだったか、大学を二回も留年している大馬鹿女が家に上がりこんできた時は酷かった。その日は私と後輩数人・そしてその馬鹿とで我が家にて酒盛りをしていたのだが、酒に酔ったその馬鹿女は「除毛クリームに興味があるの」などと言い出し、近くのドンキホーテで大量の除毛クリームを購入し、冷酷無比な笑いをぶち撒きながら、同時に我々の恥部に除毛クリームをぶち撒いたのだ。後は阿鼻叫喚の地獄絵図である。過程は省くが、その日私も含め4人のパイパン小僧が誕生し、私の部屋は誰のとも知れない陰毛に塗れる事となった。コーヒーを飲もうとコップを取ったとき、そのコップの中に大量の陰毛が入っていたときの衝撃は今でも忘れない。なんともインモラルな陰毛事件であった。

あれに比べれば、この部屋はホテルオークラのスウィートルームさながらである。大したことはない。少なくとも陰毛は見当たらない。私はその地獄を思い浮かべながら荷物をベッドに投げつけた。

部屋につき荷物を整理していると、何やら廊下で話し声が聞こえてくる。私が寮に通されたときは、寮はひっそりと静まり返り、誰もいなかったのだ。流石に二ヶ月お世話になるのだからここで挨拶をしないのはマズイ。ただでさえホームレスのような身なりをしている私である。心象だけでもよくしておかねばと私は急いで部屋を出た。

寮の共用スペースのような場所では三人の男が談笑しながらタバコを吸っていた。簡単に挨拶し、「ご一緒してしていいですか?」っと彼らの隣に座る。話を聞くと、全員私より年が下である。皆肌が真っ黒に焼けている。大学を休学したりしてこの留学を実現させているようで、皆気分のいい人ばかりであった。

不意に女性の声が外から聞こえる。忘れていたが、この二階は女子寮になっていたのだった。

驚くべきことに、この魑魅魍魎蠢く寮に女性がいるのである。カエルが這いずり回り、油断しているとアリが耳に入って不快極まりない音を立てるこの寮に、女性も住んでいるのである。一階は男子寮、二階は女子寮。つまり私がヤモリを蹴飛ばしている真上では、同じくヤモリだらけの部屋に女性がきちんと生活を送っているのだ。お風呂に入らないと皮脂で髪がキマっていいね、などと戦中派さながらの意見を申す私でさえ「汚い」と思える空間を共有しているのだ。

それに気づいた時、何だか私は無性に嬉しくなってしまった。いいじゃないかフィジーと思った。そしてその後は共用の物干し竿に下着がかけられていないだろうかと注意してみるようになった。いつぞやは夜寝る際に、すぐ上の部屋から女性が寝返りを打つ音が聞こえるのだ!っということに気づいて、だからどうなるものでもないのだが、寝返りの音を聞くと動悸が激しくなった。要するにこんな汚い部屋に女性が住んでいて、それが私と同じような生活を強いられているのだ!っということ自体と、そしてその生活の残骸に激しい情欲をたぎらせたのである。

フィジー最初の夜はビックリするくらい心地良く、寮内の人に挨拶を済ませると、私はそのままベットで寝入ってしまった。その次の日には、クラス分けテストが行われ、初めての授業を受けることになる。深夜にもかかわらず、近くの小学校からは大人が歌う声が聞こえた。

くまそさんの留学雑記②

・いざ、常夏の国へ

とにもかくにもという感じでフィジー留学が決まり、あれよあれよという間にフィジーに行く日が訪れてしまった。まあ実際は親子丼を作るよりは複雑な過程を経てその日を迎えたわけだけど、留学一週間前に航空券がないことに気づいたり、パスポートの申請を忘れていたり、犬にビールを与えてみたりして、とかく直前になってドタバタしながら語学留学出発の日取りを迎えた。

フィジーという国は日本から直行便がなく、ニュージーランドや香港なんかを経由して行かなければならない。私の場合は香港経由だ。羽田空港国際線からの出発であった。

香港までの機内で、運が悪いことに私の周りには、ちょっと小金があるから中国行って点心食ってエステ行って、テンション次第では上海蟹に噛り付いてやろう!っという、資本主義の残りカスみたいな考えが顔面から躍り出ているババア一味が陣取っていた。せっかく海外だ!っと勇んでいる私である。そんな日本的な光景は勘弁こうむりたい。何だか「熊本農協婦人会」みたいなノボリが近くにありそうで怖い。

予想違わず、ババア一味は元気ハツラツであった。通路側に座ったから良かったものの、これが窓側だったり三列シートの真ん中だったりしたら目も当てられない。奴らはガイドブックをバッグから引っ張り出し、パスポートを引っ張り出し、よく分からない飴を引っ張り出しでとにかくうるさくてかなわない。早いとこ自らの御霊も引っ張り出してもらえないだろうか、その引っ込みのつかない腹から、っと思っては見るのだが、引っ込み思案の私は、ババアAから「お兄ちゃん!これどうやって開けたの?」っと機内食のオレンジジュースを渡されると、曖昧な笑顔でそれらをプチンと開けるしかないのであった。


機内ではさすが国際線、ビールを無料で飲むことが出来た。ここでアップルジュースでも飲もうものなら末代までの恥である。私は意識して横に座る肉塊群を無視しつつ、CAが通り過ぎる度にビールを所望し、ヨレヨレになりながら香港空港に降り立ち、無事飛行機の乗り継ぎを済ませてフィジーへの飛行機とぶっこんだのだった。

やはりフィジーへ向けた飛行機となると、黄色人種の割合はぐっと減ってくる。何人だか分からない人々がいっぱいいる。私の隣はでっぷりと太った黒人で、彼はコーラを飲みつつ、時折イヤホンから流れる音楽に合わせて肩を揺らしていた。周囲にも中国人と思しき人はいるものの、ほとんどは黒人・白人で、これがエキゾッチックなる感覚かと少し興奮し、私はビールを飲む手をせわしなく動かし始めた。

香港まで4時間、香港からフィジーまで12時間の計16時間のフライトで私は日本からフィジーに降り立つ事ができた。飛行機の扉を開けた瞬間、流石南国、今まで体験したことのないような日差しが肌を刺してくる。CA来る、ビール頼む、寝る、CA来る、機内食食う、寝るっという空飛ぶブロイラー生活を送っていた私には、その日差しがいい目覚ましになるように思えた。これは後々感じたことだが、フィジーという国はそれほど「暑い」国ではない。クーラーなんて必要ないし、東京の方が何倍も「暑い」。確かに日差しは強烈で、日中はまともに目を開けることすらかなわないが、一旦日陰に入ると心地のよい風が年中無休で吹いていることを感じることが出来るし、夜なんて寝るには最適の気温になる。しかもこの気候がほぼ変わらないのだ。

フィジー、ナンディ空港を出ると、今回の留学を斡旋してくれた会社スタッフが待っていてくれた。日本人ではない、フィジー人だ。フィジーには元々のフィジー人と、植民地政策の一策として連れてこられたインド人が大半を占める。両者の関係はよく分からないが、経済観念の強いインド人と、それが薄いフィジー人では度々政策を巡って衝突を繰り返しているらしい。

そのフィジアンは流暢な日本語で学校の説明を簡単にし、タクシーで学生寮まで送ってくれた。今回私は金がないので、4人部屋の寮が今後二ヶ月の住処となる。

学生寮は学校の敷地内にある。しかし学校といってもそんなたいそうなところではない。まず二階建てだし、そこらへんにあるスーパーマーケットより何倍も小さいし汚い。さらに学生寮も二階建てで、部屋は上下合わせて30部屋しかなく、一階は男、二階は女というような作りになっている。要するに寮も学校も、何だか胡散臭い建物なのだ。

寮の玄関にある鍵はダイアル式で、番号は「1945」だった。流石英語の国、常々終戦年度を我々に認識させたいらしい。しかしこのダイアルもいい加減なもので、4519でも1945でも扉はバンバン開く。果たしてこの鍵はセキュリティ上ほんとに必要なのかどうか疑わしい気持ちになる。

何はともあれ、二ヶ月とはいっても、私にとって初めての海外長期生活はこの日始まったのであった。

くまそさんの留学雑記①

・プロローグ

留学はいいのだ、っという話をよく聞く。

何でも留学すると、英語が喋れるようになるだけではなく、脳も体も精神も、そして心持ち態度までもがビッグになって帰ってくるらしい。

確かに留学経験者を見るとそれは分からないでもない。彼らは英語を完璧に喋れるようになって帰ってくるし、見識も深くなって帰ってくるように思える。しかも女性の場合は、「どうしてこんな豚に!」っと思えるような容姿をした女にも、しっかりと留学中は彼氏が出来ていたりする。そしてしっかり憎たらしいほどに態度のビッグなピッグになって逆輸入されてくる。酷い加工貿易もあったものだと心底感じる。態度のでかいブスほど始末に終えないものはないし、一緒に飲んでて不快なものはない。留学を受け入れる国々は、日本に何か恨みでもあるのであろうか?

まあその「豚女における海外でのスクラップ化、およびその逆輸入が与える魚民男女四人卓腐敗論」は別の機会に書くとして、とにかく留学はいいのだ!特に若いうちにするといいのだ!っということを私は昔から聞かされてきた。

そんなもんだから、大学入学前は必ず自分は留学するんだ!海外に行ってデッカイ男になるんだ!っという事を考えたりしたのである。その考えに両親は大きな首前後運動と賞賛を与え、何故か国民年金の代金振込みを約束したのだった。

しかしいざ大学に入ってみると酷い有様で、遊ぶわけでもなく、勉強するわけでもなく、ただ激しく一人肝臓をアルコールで研磨しながら口をパクパクあけるという、生産性のない日々を過ごしてしまった。貴重な国民年金としてもらった費用は、将来の年金ではなく、その日の金麦に変わった。またそんな日々を過ごしたせいか「芦田愛菜ちゃんをみると股間が腫れます」などとノタマウようになり、日本語すら危うい状態になってしまった。っというか主として脳みそが危なくなってしまった。

そんな大学生活を過ごし、私は今年の9月にとうとう大学を卒業することになった。身に付けたものなど何もない。学んだものなど何もない。せいぜい洗濯機の動かし方を身に付け、炊飯器の偉大さを学んだだけだ。

9月からぽっかり明いた4月までの期間。どういうわけか、内定を頂き、4月からはきちんとしたサラリーマンになることが決まっている。この期間をどう活かそうか…それを考えたとき、私の頭に甘美な単語が踊った。「語学留学」その時の私を誰が責められよう。


・何処に留学するのであるか!


留学に行くことは決めたものの、正直な話、留学というものがどのようなものか私はよく理解していなかった。留学に行こうかな!っと勇んだのが五月の下旬で、果たしてその四ヶ月後に留学にいけるのかも定かではなかった。

とりあえず困ったことはインターネッツっとばかりに自慢のひかり回線をぶん回し、様々な留学支援を行っている企業のHPを見て回った。そして資料を片っ端から請求していった。

それらの情報収集から分かったことは、留学というものが果てしなくバカ高いものであるということだ。一ヶ月の留学にかかる額、たとえばアメリカやイギリスなんかだと、一ヶ月、毎日三食といわず六食どれくらい気合を入れて餃子の王将で飲んで食っても、絶対に使い切れない額をやつ等は平気で請求してくるのだ。牛角ならば、個人の力量とあくなき肉への探究心さえあれば何とか一ヶ月の牛角軟禁で使いきれる額かも知れないが、それを達成したとき、そいつは人として使い物にならなくなっているだろう。

話はかなりそれたが、とにかく留学というのは高いのだということを私は知り始めていた。そして情報収集の中でもし格安の予算で留学に行きたいのなら「フィジー共和国」しかないのだ!っという事も少しづつ分かりかけてきた。グーグル検索で「留学 格安」と打ち込むと、待ってましたとばかりに、この何処にあるのか分からないこの国は検索上位に躍り出てくるのだ。

まあ別に私は本場アメリカに行って英語を習いたいかと言われればそんなこともなく、英語が公用語なら何処の国でもかまわないと思っていた。またアメリカ人はビックマックを串に5個刺して満面の笑みで食うんだろ?っという偏見とでっち上げに満ちた目でアメリカ人を見ていたため、全く未知の国である「フィジー」は私の中で結構新鮮な響きとともに、すんなり耳に入っていった。

そんな訳で、私はフィジーに留学することになった。




っというわけで、次の更新からはフィジーでの生活を綴っていこうと思います。ネットカフェからの更新のため、文量が少なく、またいつまで続くか、何を書くかは決まってませんが、お暇ならお付き合い下さい。

ではでは!

君の脂肪に恋シテル

最近パソコンの調子があまり良くなくてですね、CPUがウンコになったのか、重い動画とかを見るとすぐにシャットダウンするようになってしまったんですよ。ですから「「ホームレス vs ロリ妊婦!」などという、人間の尊厳とか本気で考えてしまうような動画を鑑賞していると、パソコンが鉄板みたいに熱くなってバヒューンっと吹っ飛ぶ訳なんですね。しかし人間の尊厳とか考えつつ、ちゃっかり熱くなってる股間の電撃イライラ棒は対象を見失い、更に激しく、そして堂々とイライラしてしまっている訳ですよ。

なのでサンピエトロ広場などの画像を開き「ほら、今日は綺麗な画像しか見る気はないよ。変なモノを処理させたりしないよ!」とパソコンに隙を見せつつ、突然「ホームレス vs ロリ妊婦!」を威勢のいい掛け声とともにブッこんだりするんですが、やはり機械は誤魔化せません。バヒューンと音を立てながらディスプレイが黒くなってしまいます。

そんなパソコンとの蜜月の時を謳歌している私ですが、最近全くブログを更新していなかったじゃないですか。ってかこのブログ自体を自分で開く事すらしなかったんですが、私がその間何をしていたかと言うと、ひたすらバイトに勤しみ、賃金を得、モノを買い、モノを食べていた訳なんですよ。っでこの「ブロイラー+α」みたいな生活ってやっぱり凄まじく面白みがないんですね。まあバイトの先輩(44才清掃業男性)に絵文字てんこ盛りのメールを貰ったり、社会人女性から高そうな刺身を教材に無償で食育受けたりとそこそこ刺激的な日々ではあったんですが、基本的にはクソつまらない生活を送っていたんですよ。

ですからブログの更新が滞っていた訳で、皆さんだって、私が「今日もヨイトマケです」とか「今日はレタスを買いました」とか「ご飯を焼いたらチャーハンになってびっくりしました」なんて内容を書いてても見たくないじゃないですか。

っと言うかですね、最近私は気付き始めたんですけど、日常生活にはそんなに面白い事なんかないんですよ。社会人の方は基本的にどんな愉快な仕事をしていようと、家と会社の往復で日々が終わってしまうと思いますし、学生さんだって金がなければ、いや金があっても単調な日々からは逃れられません。

稀に「毎日が楽しくて最高!」などと間抜けヅラで言うヤツがいて、私のような益荒男になるとこの言葉を聞いた瞬間、電信柱をアナルというアナルにブッ刺し、体をオール電化にしてあげたくなるんですが、、恐らくそんなポップな殿方も仮初の楽しみ、仮初の幸せを、ただただ狂った感情フィルターで純粋な楽しみ・幸せに濾過しているに過ぎないと思うんですよ。っでそのフィルターが仮初で汚れまくった時にリストカットとかケツに接着剤とか無理をしちゃうんですよ。

とにかくですね、日常は単調でつまらないものなんです。ですから私がブログを更新しないのも仕方ないし、蛇口をひねっても基本水しか出ないんですよ。醤油とか出ないんですよ。


さてさて、そんな風に日常は単調だよ!つまんないよ!って事を綴った訳ですけど、だからこそやっぱり人間ってどこか非日常を求めている所ってあるじゃないですか。最近知ったんですけど、世の中にはハプニングバーなるものがあり、見ず知らずの男女がユキズリの恋を楽しんだりしているらしいんですよ。

これなんかも完全に非日常を味わいたくてやってると私は思うんですね。日本ってどこか性に対して保守的です。恐らく日本の義務教育で「性交渉の基本マニュアル 冬編」やるとしたら


正夫「雪は豊年の兆とはいえこの寒さ、互いの身を温めようと思うのですが、冴子さん、近くによって頂けないでしょうか?」

冴子「寒気ことのほか厳しい毎日が続いており、私の身も本季節の寒さには忍びなく、心細い日々を過ごしております。正夫さんの方こそ近くによって頂けないでしょうか?」

正夫、冴子、以下それぞれ甲乙とし、この後の甲と乙のやり取りについての詳細は「性行動基本マニュアル」第六章第三項を参照すべし。


みたいな事になると思うんですよ。

そんな日本で、出会って30秒くらいで「すみません、でも俺頑張るっす!」とか言いながらズブリとやるみたいな、ヤモリの交尾でももう少し情緒があるんじゃなかろうか?って事をやるってのはどう考えても異常ですし、非日常空間じゃないですか。

しかしこれもやっぱり非日常を味わいたくてやってる節はあると思うんですね。世の中に充満する「当たり前の空気」、それを踏み外すってのは、単調な日常に刺激をもたらすものです。

けれどもやっぱりそんな行為や場所ってのは倫理的にどうかと思いますし、社会的にあまり許容していい場所ではない。性には適度な規律と規範が大事だと思います。「ホームレス vs ロリ妊婦!」見てる私が言うのもなんですけど。

それでですね、私は本日「健全な非日常とは何であるか?」という事を考えていたんですが、皆さん普通に「おすもう」見てますよね?っで冷静に考えると「おすもう」って、信じられないくらい非日常てんこ盛りの光景だと思うんですよ。

だってアナタ、何ですか?口じゃあ飽き足らず、お尻からもモノを食べてるんじゃないですか?っと聞きたくなるくらいデブリンなオッサンが、ほぼ全裸でぶつかり合っている訳ですよ?明らかに異常な光景じゃあないですか。

しかも「お相撲さん」って呼び方もまた凄い。「相撲」って競技の名前じゃないですか。だから室伏広治を「ハンマーさん」って呼んでるようなものですよ。まあ室伏さんはそっちの方がしっくりくるような気もしますが、そういう問題じゃあない。

とにかくこの「相撲」ってのはひたすらに非日常な光景です。そしてこの「相撲」を非日常たらしめているのが「お相撲さん」な訳ですよ。

っと言うかですね、非日常ってのは、自分が非日常の人間になってしまうって事なんですよ。ハプニングバーで宜しく深夜のおしゃぶり昆布やってる連中も、その空間だけ、その時間だけ性を解放した非日常の野獣になってるわけです。

だからね、もう皆、非日常の権化である「おすもうさん」になって欲しい。もう切実に「おすもうさん」になって欲しいんですよ。今までのクダリとか全部無視でいいし、私自身読み返してみて何書いてるか分からないし「ホームレス vs ロリ妊婦!」の続きが見たいしってな感じなんで、とにかく皆、「おすもうさん」になって欲しいんですよ。

だって「おすもうさん」が増えたらきっと楽しいと思うんですよね。朝バイトが終わって疲れてビールとひねこびたコンビニ弁当買ってる時に、自分の前のレジの奴がプリンを一つ買ってるとするじゃないですか。それが意地汚いババアだったりしても何も感じませんけど、「おすもうさん」がプリン一つ買ってたら凄く面白いじゃないですか。大丈夫?バレル単位とかでプリン買った方がいいんじゃないの?っとか想像して、また力士がバレル単位でプリン流し込んでる図を想像して凄く面白いじゃないですか。

ってかぶっちゃけますけど、デブって何やっても面白いんですよ。

デブって基本「だらしがない」を具体化させたような生物です。ですから、例えばマラソン大会なんかの時に、一番最後を痩せた人が走ってたとしますよね。これだと「ああ、あの人は頑張ってるなあ」って感じで応援したくなりますけど、デブがフウフウ言いながら後続を走っていたら「やる気がない」だとか「気合が足りない」だとか感じてしまうじゃないですか。っで回し蹴りの一発や二発、笑いながら叩きこんでやりたくなるじゃないですか。他にも、中肉中背の人が何気なくやっている事をデブがやっていると凄く面白い。風呂に入ってるだけで「いいダシが出てんだろうな」って感じで凄く笑えてしまいます。シイタケとか入れて夕飯を鍋に変更したくなります。

こんな風にデブって日常の風景をガラッと変えてしまう、素晴らしい生物なんですよ。だからデブがハプニングバーにかけ込むなんて事になったらそりゃもう一大事。何が何だか訳が分かりません。

だからですね、個性を出したいとか、面白くなりたいとか訳のわからない事言ってる奴は太ればいいんですよ。っでこの、つまらなくクダラナイ生活を少しでも明るくして欲しいんですよ。


まあデブが日常になった時、国民皆保険制度とか崩壊しそうなんで、夏に向けてのダイエットを継続している方、日本の将来のためにそのまま続けてください。私はもう諦めます!いえい!デブ最高!

ブログ一周年記念

1987年7月6日。世の中中曽根政権の民営化政策で戸惑う中、大分県に4500gの我儘ボディな赤ちゃんが生まれました。赤ちゃんはあまりに大きかったので、産婦人科に訪れた人は皆、その赤ちゃんが入っている保育器越を凝視し、誰しもが指を指して「デカ過ぎワロタwwww」と爆笑して産婦人科を後にしていきました。そんな一人見世物小屋の愉快な赤ちゃんはその後フカシ芋等の炭水化物をイタヅラに摂取し、本日無事24才を迎える事となったそうな。

っという訳で本日誕生日を迎えたくまそです、コンニチワ!

いやはや、24ともなると誕生日なんて全然嬉しくないモノですね。しかしそれでも祝って欲しいなどと言う俗っぽい考えから、twitterで「24才になりました!」っと呟いたところ、何人かの方々にオメデトウと言われ大満足でございます。リプライをくれた方、きっと今後素晴らしい人生が待っている事かと思われます。「くまその誕生日だって?玄関に塩をまいとけ!」っと叫んだ方々、今後絶対に複雑な病気にかかるので、保険証はお手元にお願い致します。


さて、私が生まれて24周年の日が今日でもあるのですが、このはてなダイアリーでの「くまそのブログ」も本日で1周年を迎えます。

一周年を迎えるにあたり、アクセス数は少ないですが、現実で「いつも見てるよ!」と言ってくれる方々も何人かいますし、ネットだけのやり取りですがトムス藤井さんを始め何人かの人からコメントを貰うなど、このブログは幸せ者だなあと変に感心してしまいます。


私がブログを始めた理由は二つの聞きなれない文化に接したからにほかなりません。

私が文章と言うものに興味を持ち始めたのは中学校の頃でした。親の本棚から持ち出した椎名誠さんの「わしらは怪しい探検隊」。私はこの本を古本屋でその後何冊買ったか分かりません。それほどに、この本は私にとって衝撃的でした。

それまで私は本というもの、文章というものは真面目なものであり、頭のイイ人が書いたり読んだりして楽しむものだと理解していました。しかし椎名さんの本はその理解から大きくズレたもので、文字の羅列のみでよくここまで人を笑わせる事が出来るものかと感心したものです。っというか「人を笑わせる事が出来る本」というものがこの世にある事が、私にとっては驚きでした。椎名さんの本は、ご本人こそ否定しておられますし、聞きなれない言葉だと思いますが「昭和軽薄体」というジャンルに分類されます。それまでの文学チックでどこか硬い文調をブチ壊す、軽薄な文体を指す若干蔑視のこもった呼称で、嵐山光三郎さんなどが代表的な作者として挙げられます。

中学時代、「わしらは怪しい探検隊」に出会った後に、私は椎名誠さんの文章に夢中になりました。古本屋で何冊も椎名さんの本を買ってその日の内に家で全部読んでしまっては、興奮さめやまず次の日また古本屋に行くなんて事も度々。現在は新刊が出ても買ったり買わなかったりですが、当時は椎名誠さんの新刊が出る度にワクワクして本屋に走ったものです。初めて自身の足で講演会なるものに参加したのも、中学三年生の夏休み、大分県に椎名さんがやってきた「旅のネルダス」というタイトルの講演会でした。後にも先にもこの講演会以外、自身の意思で行った事はありません。暑い夏、両親にせがんで大分県の中心部まで送って貰い、本を買って握手をして頂いた経験は、今でも忘れられない経験です。

高校に入り、私の家にインターネットなるものが引かれてきました。当時はダイアルアップ接続と言って、電話線を引っこ抜き、画像を1枚見るのに2分くらいかかるという凄まじいシロモノで、現在のように気軽に動画が見れたりといった環境ではありません。

私はこのインターネットでテキストサイトというジャンルのサイトに夢中になります。テキストサイトとは、読み込みに時間のかかる画像等を極力使わずに、文字だけがやたらめったら書き殴られているサイトです。フォント弄りなんて言葉も、このテキストサイトの文化から生まれた言葉です。現在のブログの走りといった感じでしょうか?「おめこ☆」「Numeri」「侍魂」「僕の見た秩序」「ロジックパラダイス」。画面上の文字だけでどこまで何かを表現できるかを追求していたこれらのサイトは、妙に男らしく、気骨溢れるモノで、深夜遅くまで私はこれらのサイトを巡回しては笑いを押し殺すといった、気持ちの悪い高校生活を過ごしていました。

椎名誠さん、そして様々なテキストサイト管理人さん。私は彼らに出会わなければきっとブログなんて恥ずかしいものはやってなかったでしょうし、イイか悪いかは別として、体育会系のお兄さんになっていた気がします。それほどまでに彼らの書く文章は中毒性の高いもので、人格形成に大きく影響を及ぼすものでした。

文字だけで人、ひいては私を魅了してきた彼らたち。私は彼らに少しでも近づきたい、彼らが作ってきた昭和軽薄体・テキストサイトの文化を、おこがましいながら少しでも受け継ぎたい、その思いでブログを書いています。

しかし文章に限らずですが、何かを表現する事は、誰かしらに受け取ってもらえなければ完成しえません。そしてこれは大変難しい事であると同時に、書いてる本人からするともの凄くありがたい事です。文字を読むという労力を自らに割いて頂ける。文章を書く事が好きな人間にとって、これほどありがたく、申し訳ない事はありません。

私が大学を卒業し、社会人になればきっとこのブログを見てくれる人は少なくなるでしょう。でも、どんなに少なくなろうとも、私は形は変えこそすれ、文章を書く事は辞めたくないと考えています。


どうか今後ともこのうんこブログをよろしくお願い致します。


くまそ拝

寛政の改革

「私、くまそは平成18年度、夏季代ゼミ全国記述模試・日本史で全国1位を取った事がある!」

馬鹿だ、アホだ、くまそを見かけたら石でも投げてやろうと思っていた読者の方々、驚きのあまり口が開いていますよ。上のカギカッコの中の文、ちゃんと読みとれましたか?念のためもう一度書きましょう。

「私、くまそは平成18年度、夏季代ゼミ全国記述模試・日本史で 全 国 1 位 を取った事がある!」

どうです皆さん。普段は「四の五の言わずにメンチカツをうどんに乗っけなさい」などと訳の分からぬ事を叫んでいる私ですが、実は相当な知性の持ち主だと言う事が分かって頂けたのではないでしょうか。そしてこのブログがインテリジェンスに溢れたブログであり、屁とか耳かきをしながら読んではいけないもの、恥ずかしいものである事を肝に銘じて下さい。何せ「夏季代ゼミ全国記述模試・日本史で全国1位」の人が書いているブログですからね。更新されたと分かったらすぐさま風呂に入って身を清め、正座をし、女性ならば「欲しい欲しい、くまそさんの遺伝子」と10回絶叫しながらURLをクリックするよーに。

さて、そんな知的なくまそさんは近頃狂ったように部屋の掃除をしているんですよ。

それまでの私の部屋と言ったらそれはもうおぞましく、ビールの空き缶がそこらじゅうに転がっていて、煙草のヤニも凄いし、何故か七輪が2つもあるし、埃も凄過ぎて炊飯器なんか「お前、ホントにこれでメシ作ってんのか!大丈夫か!死ぬぞ!」っとガチで友人に心配された程でした。

しかし流石にこのままではマズイ。来年から社会人になる身ですし、こんな汚い部屋で、こんな乱れた生活習慣を送っていては酷い社会人生活になってしまう!と考えとりあえず部屋の掃除を開始したんですよ。

そしたら出るわ出るわのゴミの山。大量のエロ本が出てきたと思ったら、昔とある女の人に「これ守ったら付き合ってあげる」と言われ書かされた「私くまそは本日より煙草を辞め、TOEICを受験し、大学を四年で卒業します!」などの、何一つ守られていない誓約書が出てきたり、「携帯料金未納期間が凄い事になってる。法的手段に出るぞ!」とかの、身に覚えはあるけど出来るだけ身に覚えのない事にしたかった請求書が出てきたりで、もしかしたら胎児とか普通に出てくるんじゃないだろうか?ってくらいサスペンスフルなお部屋掃除でした。

しかしまあガンガンゴミ袋に突っ込んでブルブリ捨てていくと当然っちゃあ当然ですけど綺麗さっぱり部屋が片付いた訳なんですね。

しかしですね、部屋が綺麗になる事を望まない生物が私の家には巣くっているんですよ。

そうです、愉快な街の嫌われ者、ゴキブリさんです。

私の大学生活の大半はこのゴキブリさんとの愛の物語でもありました。女性に振られた時、健康診断で高血圧と診断された時、尿検査が怖くて3リットルの水を飲み干し尿を薄めようとした時、ゴキブリさんは暖かく私を見守っていてくれました。

春夏秋冬を通し、私は彼らとの親交を密にしてきました。私の部屋の真下は小さな飲食店。春はその店で生まれた小さな子ゴキブリの誕生を素直に喜び、夏は元気に育った彼らとチークダンスを踊って一夏の恋を満喫し、秋は下界に旅立つ彼らにハナムケの言葉を送り、冬は動きの鈍くなった彼らの手をそっと取り、生ごみ置き場にエスコート。私はこの部屋を大都会で図太く生きる彼らのオアシスにしたいと本気で願っていました。

しかし現在の私の部屋にはゴミはおろかモノがほとんどない状況です。しかも最近は軽い潔癖症なんじゃなかろうか?ってくらいそこら辺に洗剤をブチまいては、「これでもか!これでもか!」っと狂ったようにその場所を研磨し、荒い息をついているのです。

こんな環境でゴキブリ達が生活出来るはずはありません。しかもあろうことか、私も段々と彼らが疎ましくなってきたのです。

ですから私はゴキブリを見つけては殺虫剤を振りかけ、現在ではバルサンを焚き、この部屋をゴキブリのオアシスからアウシュビッツにしてやろうかと画策しています。

ゴキブリ達は必死で抵抗をしてきました。中には私の寝込みを襲い、Tシャツの中に直接直訴をかまして来る行動派も現れた程です。


寛政の改革

田沼意次の泥臭い金権政治を改革しようと、質素・倹約を推奨した松平定信の改革。

そう、今まさに私の部屋では寛政の改革が行われ、それまで甘い汁を吸っていた黒い商人(ゴキたん)は一掃されてしまったのです。

部屋を綺麗にしてからというもの、私の心にも変化が生まれました。年金未納をイカン!っと感じ役所に行って手続きを取ったり、バイトと英語の勉強に精を出し、ダイエットも初め、3週間で6キロも体重を落としました。これら全てが、部屋を綺麗にするようになってからです。

恐らく私は真人間に近づいてきているのだと思います。しかしどうにも、ゴキブリと同じく生き辛くなっているのも事実なのです。勉強もバイトもメンドクサイし、カロリーを抑えこのクソ暑いのに腹筋をするもの非常にメンドクサイ。でもこの綺麗な部屋に帰ると、だらしのない生活が出来ないのです。部屋と同じく私も心身ともに綺麗に、そしてスマートで知的になってしまうのです。


「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋しき」

ほら、こん和歌までもがすらすらと出るほど私は知的になってしまいました。部屋を掃除するまでは考えられなかった事態です。末は博士か大臣かもしれません。流石は「夏季代ゼミ全国記述模試・日本史で全国1位」だ。こんな知的な自分が怖い。どこまで賢くなってしまうんだ、体も細マッチョ一直線だし、来年は婚約候補が5人くらいいるかもしれない。1人しか愛せないこの日本の悪習が憎い。

上の和歌は教科書で一度は読んだ事もあるでしょうが、これは寛政の改革が厳しすぎ、町人が「田沼の汚れた政治の方が過ごしやすいわい」という思いを詠んだ歌です。そして正にこれと同じ事が、我が家でも起こっているのです。

私は今、この綺麗な部屋と言う改革に、自分の事ながら生き辛いと感じてしまっているのです。そう、知的でスマートな体で、苦悩しているのです…


まあ結局言いたい事は、ゴキブリにとっては住みづらい部屋になったけど、女の子にとっては凄く快適な部屋だよ!可愛い女の子は、知的で細マッチョな僕の部屋まで遊びに来るとイイよ(全裸推奨)って事ですね。


※夏季代ゼミ平成18年度全国記述模試・日本史の試験範囲は「鎌倉時代」まででした。また、細マッチョと言いつつも現在体重は89キロもあります、普通にデブです。