クリスマスキャロルは樹海で流れた〜完結編〜
※http://d.hatena.ne.jp/okumaso/20101230/1293696383の続きです。
男は青白い顔でクソ虫Aが開けた窓からニュっと顔を出した。
男の身なりはわりかし綺麗で、中学一年生の時に買った穴だらけのジャージをつっかけている私よりも確実にマトモに見えた。
しかしその後男は含み笑いを3分ほどし、動揺する我々に「見てんじゃねえ!」っと恫喝。股間からマシンガンを取り出しぶっ放した…とかだったらそこそこ面白く、日本においても社会の不良債権たる我々が消滅するのは喜ばしい事ではあるのだが、男はボソボソと聞き取りにくい声で
「東京まで乗せてってくれませんか?」
っと頼んできたのであった。要はヒッチハイカーだ。
我々としてもこの暗く人通りもほとんどない場所にお兄さんを放っておくのも心苦しいとは思ったのであるが、我々は今来たばかりである。
多少の後ろめたさはあったがお兄さんに「今来たばかりだから」っと言うと、お兄さんは結構簡単にあきらめてくれた。
心根は優しいクソ虫達は「可哀想ですよね、お鍋一緒に誘いましょうか?」と言っていたのだが私としては「あのお兄さん自殺が怖くなって辞めたひとなんじゃあ…」っとヨカラヌ妄想をしていたので、出来れば乗せる事は避けたかった。
なんせよく見ると大きなリュックをしょってそれなりに防寒着を着ているのだ。冬山に来る準備をしていたと考えても不思議ではない。それにヒッチハイカーだとしても、こんな辺鄙な所で降ろされるモノなのだろうか?あたりは真っ暗だし、高度も高いので相当冷え込んでいる。
そんなこんなを考えながらしばらくお兄さんを眺めていると、お兄さんは何とかヒッチハイクを成功させたようで私としても安心したような不安なような、ヘンテコな気持ちになった。
さて樹海である。風穴から少し歩いたところに遊歩道の入口があり、我々はズリズリと中に入っていった。するとあろうことか私と三浪以外の奴らが「あまり中に入らずすぐ鍋にしましょう」「いっそ駐車場で鍋をしましょう」「帰りましょう」「秋田の母に電報をうちたい」等々の情けない発言をし始めたのだ。
これはイケナイ。大体鍋をするだけならどこでも出来るのだ。わざわざ樹海まで来て鍋をするのだから奥深くでやらずにどうするのだ!
私と三浪はそういった魑魅魍魎どもの言葉を一切無視し、たまにクソ虫どもに対し罵倒と膝蹴りをあびせながらどんどん樹海へと歩を進める。あたりはどんどん暗くなり、何となく見えていた道路の街燈もたまにちらっと見える程度になってくる。確かにこれは男7人でも怖い。
気温はマイナス3℃
周囲には明かり全くなく、否が応でも五感が鋭くなるので枯葉の擦り合わさる音や足音が人の会話のように聞こえ何だか不気味である。
後方で呻くヒヨリ野郎どもの愚痴がピークに達し、また私もあまり深く入ると迷うかも・・・っと怖かったので道路の街燈が全く見えなくなったあたりで鍋をする事にした。
あたりは月明かりのみ。試しに全員の懐中電灯を消し口を閉じると、目を開けている閉じているのか分からないほどの暗闇がそこにはあった。
何となく無言になりながら鍋の準備を進める。
鍋は私が業務用スーパーで感情の高ぶりに任せてカゴに突っ込んだ食材を鍋に入れ、ひたすらキムチ鍋の素で煮込むというものだ。鍋の〆には横杉が3玉100円と言う事でこれまた大興奮し買ったウドン玉計18玉がブっ込まれる算段になっている。
鳥肉2㌔・大根1本・白菜半玉・生ニンニク大量・モヤシ4袋がまず投入される。余談ではあるがなんとこれだけ買っても業務用スーパーでは1200円である。この値段に興奮した三浪は「日当たりとかどうでもいいから、不動産の決め手は業務用スーパーが近くにあるかだね」っとホクホク顔で語っていた。
ただこれだけの食材を煮るのだ。カセットコンロしか用意していないのでかなりの時間がかかる。
私は車中で何かと困るだろうと、対人コミュニュケーション能力に著しい障害をもっているクソ虫どもに対し事前にメールで「怖いは話を3つ以上もってこい」とお達しをだしていたので、いい機会だと懐中電灯を一本だけつけ、それを回しながら7人で怖い話をし始める事にした。
まずはじめにクソ虫どもが喋り出したのだが、これが全くもって怖くない。クソ虫Bはモロに2ちゃんねるの怖いコピペを長ったらしく語り、クソ虫Aは臨場感を出そうとそれっぽく語るのであるけれどかえってマヌケなだけであった。
全くクソ虫の癖にこれは無礼である。
しょうがないここは私が!、六時間のネットサーフィンの末見つけ出した珠玉の怖い未解決事件の話を語ったがあろうことか私以外誰も怖がらなかった。その後あの喋る言葉全てがクダラなく、空気が読めず、おまけにチンコも小さそうな鈴木の話が怖くウケもよかったので、私は苛立ち、大人しく鍋を見守る事に専念し始めた。
怖い話は1時間程度続き、腹をすかせた三浪が生ニンニクを齧り出したとこらへんで、ようやく鍋が良い塩梅になってきた。
鍋は案外うまい具合に出来ていた。七人でその鍋をがっつく。
途中三浪が誰の承諾を得ることなく、ソバつゆを入れたりニンニクを入れたり醤油を入れたりしたので最終的に味はかなり不思議なモノになったが、それでも先ほどの材料プラスウドン玉18はストンと我々の胃袋に収まったのであった。
さて問題はここからである。満腹になり普段からなんに対しても無気力な我々の神経は弛緩し多くはまた「帰ろう」と主張し始めたのだ。
当初の予定ではここから更に3㌔ほど樹海内部に入り、野鳥の森公園という場所を目指そうとしていたのだ。
鈴木に至っては「今帰らないと運転しないよ」などと小生意気な事を言い、クソ虫どもも若いくせに度胸がないのか元気がないのか「もういいじゃないですか」っと及び腰である。
そんな中一人の男は違う反応を見せていた。三浪である。彼はは何も言わずにずんずんと中に入っていくのだ。
それを見てポカンとしていた我々の中にある一つの想像が膨らむ。
三浪、25才。このメンバーで唯一の衆議院被選挙権ホルダーである彼は未だに進路が定まらず、男女関係においても彼女がいた事がないどころか今現在「童貞」である。それが関係せいているのかは知らないが以前は「松下政経塾のパンフを貰ってきたぞ!」とまるで天下を取ったが如く吹聴していたものの、最近はやたら酒を飲むようになり「NSCのパンフレット貰ってきたんだぁ」っと虚ろな目でよく話していたものだ。
「実のところ三浪は自殺をしにここに来ていたのではないか」
そんな思いが我々の中に生まれるのも自然の成り行きではないだろうか。
動揺する我々をよそに三浪は更に森深くに入っていく。そしてハラリとこちらを向いたのだ。
いよいよ辞世の句でも述べるのかと涙ぐんで彼を見つめると、彼は半笑いで。
「じゃあ、俺とくまそは奥までいくから!皆は待っててよ!」
っと明るく言い放った。
何だかんだで一人が行くのならと渋々全ての人間がそれに従い、我々は三㌔の山道をグングン歩いていくのであった。
野鳥の森公園は山道を通るとあってか到着まで40分程度かかったが非常に広く、山からいきなり開けた形になっているので何とも感動的な光景だった。
空気が澄んでいるので星が近い。刺すような冷たい空気が歩いて火照った体には心地が良かった。
しばらく全員で横になり色々と話をする。こうなると何だか感傷的な気分になるものである。
鈴木は今年で大学を卒業し宇宙に関する仕事をすることとなる。こんな風にバカな遊びが出来るのもこれが最後だ。
思えば他の奴らは半ば彼女などは諦めているのだが彼は違った。本気でクリスマスと言うイベントを女性とすごしたい、彼は切にそう願っていたのだ。そのためにずっと女性に叶わぬアプローチをしかけるのだが、結果はこの有様。
「大学生活で一度は男女交際がしたかった・・・」
そう涙ぐみながら語る鈴木。何とも言えない気分になる。
「モテナイ」というのは何とも悲しいモノだ。異性に相手にされないと言う事が嬉しいハズはない。モテル・モテナイは顔じゃない、心の持ちようだとか努力が足りないからだとか色々な事を言う人がいるが、モテナイものはモテナイのだ。こればっかりは仕方がない。
う〜むと星を見ながらそんな事を考えていると三浪が私に向けて何か言葉を発そうとしている。
そうか、お前も苦労が多いよなとやさしい気持ちになり彼の愚痴でも聞いてやろうと彼の方に顔を向けると
「ねえねえ、サカナくんになれるんならお前なる?」
クリスマスはサカナくんで幕を閉じたのだった。