クリスマスキャロルは樹海で流れた〜到着編〜

http://d.hatena.ne.jp/okumaso/20101228/1293520892の続きです。


レンタカーに乗り込んだ我々は環七通りをひた走り、クリスマスに浮かれた男女を眺めては「あの女はダメだ。尻が小さいから子供は逆子だ」等の高度な罵倒を繰り返しつつ首都高速にブっ込んだ。

首都高速に入る前クソ虫Bが「車酔いしました」と生意気な事を言って喋らなくなったと思いきや、首都高速に入るとテンションが上がり「我が人生とアナル拡張」という大変不快な話をし始めた。クソ虫Bの話は不快ではあるがそこそこ面白かったのだが、人生において初めて他人からの注目を浴び錯乱したクソ虫Bは「っで結構拡張してきたからウズラの卵を茹でて…」などとトンでもない事を話しだしはじめた。これはイカンと頭をはたくと、彼はてっぺんを叩かれた目覚まし時計のように静かになる。

車内はおおむね雰囲気がよかった。後輩の悪口を言ったり先輩の悪口を言ったり、まだ足りないのでよく分からない人の悪口を言ったりでグエグエと猥雑な笑いで溢れていた。

私もこの空気ならイケル!っと思い伝家の宝刀「羊のモノマネ」をやったのだがこれは驚くほどに全くウケなかった。腹が立ったのでヤツ当たりに斉藤の悪口を言ったら斉藤以外が皆笑いまあトントンだったと思う。



車内ではスリラーが流されていた。これは三浪が年末にやっていた映画「This is it」に大変感動したらしく、しきりに「いやあ、マイケルジャクソンって子供を集めて犯す人って認識だったけど、凄い人なんだねえ!」との軽薄な発言していたためである。

そのスリラーに興奮したエセバンドマンのクソ虫Aは誰も知らないような洋楽ばかりを流し始める。クソ虫Bもウズラの卵をケツに入れる割には洒落た一面があり、クソ虫Aと共に訳の分らぬ洋楽を流しまくった。

頭にきたのは上級生である。我々は洋楽なんか分からないのだ。いや分かっていてもこの場でかけるべきではないという事を、空気の読めない鈴木以外は皆感じとっていた。

私は「広瀬香美のプロミスを流しなさい」っと的確な指示を出すのだがクソ虫どもは聞く耳をもたない。先ほどまでは他人の脱糞話と被差別部落の話ばかりしていた横杉も、上級生たちの怒りを汲んでか「次にかける曲は空気読めよ」と持ち前の冷血無比な声で言うのだがクソ虫どもはまるで無視である。鈴木に至っては「クラッシク聞こうよ!」っと誰も幸せになれない決断をクソ虫に迫っていた。


クソ虫に文化などいらないのだ」

我々はそう吐き捨て、車は樹海へ向けてひた走るのであった。


少し富士の樹海について説明するが樹海と大層な名前がついているくせには面積はそう広くない。富士のふもとに広がる森林地帯が樹海と呼ばれている訳で、面積的には30万㌔平方メートル、これは山手線で囲まれた面積くらいなもんである。

また自殺の名所で有名な樹海だが遊歩道というケモノ道のようなものがあり、これを通っている限りは迷う事はないし、樹海の中にはキャンプ場や公園があるのでそこまで恐ろしい場所ではない。方位磁石が狂うという噂もデマで場所によっては携帯電話の電波も結構たつ。

しかし遊歩道といってもかろうじて他の場所と区別がつくだけでかなり分かりにくく、一歩遊歩道から出てしまうと迷いやすく迷うとかなりタチが悪い。また火山活動の影響でところどころに大きな穴が空いていたりで危険である。

そしてなんといって抜群に怖いのは雰囲気だ。自殺の名所との刷り込み意識から毎年自殺者が後を絶たず、未だ発見されていない死体がかなりの数あると推定されている。これはやはり気持ちが良いのもではない。


高速を降り、一般道を樹海まで進む我々は途中ローソンに寄った。

マツモトキヨシをデパートと呼ぶ山梨県で、ローソンといえば流行の発信地、原宿のようなものである。よって山梨県のローソンには若者が溢れ、そのあり余るエネルギーを唐揚げくん等にぶつけて行くのが普通であり、本日ももれなく頭をとがらせたアンちゃん達が数人煙草を吸いながらたむろしていた。

死体も怖いが深夜のコンビニのアンちゃんも怖いもんである。

こういう時によく考えるのが「もしイチャモンをつけられたらどうするか?」という事だ。

経験則的に言って初めて出会う男の集団同士というのはどうも自然とお互いを威嚇し合う傾向がある。

だから他の集団と対峙したアンちゃんは急いで煙草に火をつけ「俺は煙草を吸うぞ!悪い奴だぞ!」っという事をアピールしたり、「マジスロット打ちてー」などと、今ここで言う必要の全くない事を言ったりしたのである。

っという事を考えつつ私は「ちょっとチンコしごきたいから帰るわ」っという恐ろしく挑発的な発言をワザと向こうに聞こえるように言ったりしていた。

我々は男七名だが俗に言う体格のイイと言われるのが私と三浪くらいなモノ。しかし三浪は演劇部、私は新聞部出身であるため喧嘩をして勝てる自信はない。しかも向こうはホウトウ顔をした屈強な甲斐男児達である。シティ派で浅草蕎麦顔の我々が根本的に勝てるはずはない。

まあこういった事は大抵何も起こらないモノで、我々も思い思いの品を買い、何事もなかったように車にのって樹海入口の風穴という駐車場に車を止めた。

すると、先ほどのアンちゃんとは違うアンちゃんがこっちに向けて歩いてくるではないか。

周囲は街燈こそあるものの車の通りはほとんどなく、駅も近くにないし、何より深夜である。どうやってここに来たんだろうかと疑いたくなる。そしてこんな場所に深夜を超えた時間に一人。

もしかするともしかである。

まあでも関係なかろうと降りる準備をしたのだが、アンちゃんはどんどんこっちに近づいてくる。

「えっ?」

我々の顔に緊張が走る。

横杉は樹海についての情報をかなり胡散臭い本から入手しており、それによると「樹海に来る人間は3タイプ。①は自殺しに来る人②は面白がってくるヤツ③は②を殺しに来るやつだ!」っと書いてあったらしい。

車内で彼はそれをしきりに言っていたのだが、あまりの真実味のない内容に周りはほとほと呆れ、その話になると三浪などは「先輩の家で中トロをアホみたいに食った話」という話を始め出し、食い意地しか取り柄のない斉藤はその話を聞きながら「何枚や!何枚食ったんや!」っと悲鳴に近い尋問を繰り返していたものだ。

明らかに我々に用があるという意志をもってこちらに近づいてくる男。我々の脳裏に横杉の話がよぎる。

そしてついに我々の車の窓に顔を押し付け、コンコンとドアを叩いたのであった。