男らしさの考察

「男らしさとは何なのか」という事を改めて今回考えなければならないのではないか、と私はじわじわと34度まで上がる温度計を眺め考えてしまったのですよ。

「男らしい」という言葉は非常に便利な言葉でして、例えば私が素面で一回目の脱糞、更に泥酔して二回目の脱糞という歌舞伎町での濃密な夜を過ごし、最終的には駐車場のネットに頭から突き刺さっていた時も「脱糞とは見方を変えれば男らしいではないか、ああアッパレ!」と迷惑をかけた人間への精神的疲労並びに肉体的疲労、主に嗅覚への深刻なダメージを一切無視し次の日の朝にはゲラゲラと周りに公言していたモノです。

このように「男らしい」という言葉は全ての汚らしい人間の行動を一切無きものし「ああアッパレ」という訳の分からない武勇伝にしてしまう不思議な力があります。

これは使える!っと私は今まで行ってきたどのような所業も「見方によっては男らしいのではないか」と断じ、過去について特に深く考え懺悔する事もなく23まで笑って生きてきたのでありました。

しかしやはりそれでは良くないのではないか、人間としての成長がないのではないかと突然ながら深く反省し、35度まで上がった温度計を見てハアハアと荒い息をつきながら考えてみましょう、っという運びでございますよ。

まずしかし、現在の世の中で言われてる「割り勘は女々しい行為である」だとか「結婚前に500万の貯金がなければ正しい男とは言えぬ」だとかの腐った考え方を自らの「男らしさ」の基準にする気は一切なく、また「パンツを妻に履かせるのが男である」とか「俺の前で睡眠をする、すなわち離婚並びに破局である」だとかの九州男児的な発想もこの際やめましょう。

概念というのは時代とともに、そして個人の考えとともに勝手に変えてしまってイイものなのです。

だけれどもどうしても抽象的な概念を、抽象的なまま考えるのは中々難しいものでございまして具体→抽象という考え方が一番スッキリするものなのですよ。

例をあげるとするならば「理想の温度計とはどのようなものか」を考える際にジッと温度計を見つめても仕方がないので、暑さでいきり立った身の丈175㎝以上の毛深い男ないしはそれに準ずる女が、腹立ち紛れに床に叩きつけるっていうごくごくありふれた人間と温度計との関わり合いを想像する訳ですよ。

そうなってくるとやはりデジタル温度計ではその破壊のされ方にどうも迫力がなく人間の感情を素直に表すには足りず、必ず水銀を使用したアナログ温度計にしかそれが可能なのではないか、という中々鋭い意見が出てきます。

そしてよくよく考えると新品だったり上等なものであったりすると、一連の破壊活動の間にその機能を失ってしまい、それは「もったいない」、「気が狂ってる」等の非常にネガティブな考え方が生まれてくる訳でありますね。

そうすると「使い古された温度計であり、湿球と乾球で分かれていない安物のアナログ温度計こそ人間の使う最も理想的な温度計である」という事も自然と頭に浮かんでくる訳ですよ。


さてさて何の話だったでしょうか。


そうです、男らしさの話です。

私が最も理想とする男像、それはまず酒を飲んでいる状況でないと話になりません。

しかもその酒は「大樹水」という非常に安価なペットボトル焼酎であったり「RED」という恐怖のペットボトルウイスキーであったりが理想であり、酒を飲む男のファッションとしては「パンイチ」。養育権ならいくらでも人に譲れる自信がありますが、これだけは断固として譲れません。

そして男は必ず一人でないとなりませんね。畳で胡坐をかきながら、無駄に畳の目を睨みつけ、時たま「バカ野郎!」っと畳に向かって一喝!


イイですねえ。


っでやっぱり泥酔するまで飲まなければ話になりません。

「差し迫った大学6年生への危機感」「明日の授業は朝九時から」「薄くなっていく財布への恐怖」「最近気になる腹部の痛み」等を一切無視し、その男は酒を肝臓に流しこんでは「バカ野郎!」っと今度は肝臓を一喝!


なんて男らしいんでしょう!


っでやっぱり泥酔ってたら「脱糞」がつきものですし、最終的には何かの網に頭ごと突っ込んでその一人の酒宴を終えるというのが理想的であり・・・



あれ?



くまそは今のままで生きていく事にします!